経営日誌:その5 その男の仕事
その男と一緒に仕事をしてきて4年がたちました。短いけれど気持ち悪いくらい濃密であったし、腹の立つようなことばかり思い出されるのですが、今となってはもちろん、笑い話です。せっかくなので彼と出会い、別れるまでのことを書き残しておきます。その男の仕事について。
転職してきたばかりの彼に出会った時の印象は、最悪でした。その頃のわたしは、すこしだけ仕事に慣れ、仲間もでき、きっと調子に乗っていたのでしょう。わたしにとっては彼のその仕事上での立ち振る舞いが乱暴に見えて仕方がなかったのです。ひょっとするとわたしは、デザイナーとしてもディレクターとしてもその経験を買われ、入社してすぐにさまざまなことを任せられていた彼に、嫉妬をしていたのかもしれません。様々なことをきちんと整理し、順序立てて仕事を進めていたつもりのわたしからすれば、彼の仕事は横柄に感じたのです。
うんうん・・・マジ? それはマジヤバイんでぇ
友人と話しているであろう彼に対して「私用の電話はなるべく控えてね」と注意したわたしに彼は「ああ、◯△☓◯の◯◯さんです」と、担当したばかりの顧客の名前を言いました。驚いたわたしは「う、うん、もう少し丁寧にね」と言葉を返すしかありませんでした。その時は、彼のそういったキャラクターを仕事のうえでは決して許すことはできず、「どんなに仲が良くても顧客は顧客」と何度もなんども注意をしていたのですが、よくよく考えてみればお客さまからそのことで指摘を受けたこともなく、わたしがいつも「ラフですみません」と謝れば、むしろ一部のお客さまには喜ばれている(楽しまれている?)という事実を知ることになりました。一緒に働く仲間たちにも、彼のそういった大雑把なキャラクターは愛され、いじられ、そして時には怒りを買いました。みんなが彼へ期待し、要求する仕事が繊細なものになっていったからです。彼のなかにも戸惑いがあったでしょうし、わたしとしてもそれを求めざるを得なかった状況のなかで、彼に対するわたしの声は大きく荒げたものになってしまったことが何度もありました。
わたしの少ない経験上でも、ひとりの社員に対して職場への違和感、業務範囲の違いなどのミスマッチが生じると、意欲やパファーマンスが下がることはもちろん、自ら次第に存在を薄くして、時が経てば退職というパタンに陥ってしまうことがわかります。働くひとにとって、「一緒に働く人、経営者や上司のキャラクター」「自分に課せられた業務内容」「求められている結果」「自分の目標」というのは、働くことを生活の中心としている以上、プライオリティを高くする条件であると考えています。ひょっとすると彼はもうすぐ辞めてしまうかもしれない。悪い予感というのは当たってしまうもので、それはすぐに実現しようとしました。
それを阻止できたのは、他ならぬ彼の仕事に対する責任感と、それを支える仲間がいたからです。一度は退職を決意したものの、彼は戻ってきてくれました。そして彼は変わりました。
細かくメモをとり、どんなことにも「いいっすよ、やりますよ」と言い、誰もが面倒だと思える雑務を一手に引受ける彼への信頼感は、入社したときの不信感などを一気に吹き飛ばしてしまいました。一緒に仕事をしているという連帯感、人の失敗を自分の失敗として受け止める責任感、そして仲間への思いやり。我々からすれば、なんだかよくわからない横柄なやつ、から、みんなから頼りにされるナイスガイへと変貌したかに見えたのですが、きっと彼にとっては自分のなかの一部を自分で引き出した、に過ぎなかったのかもしれません。それでもわたしは、彼が仲間たちと真剣に、時には不真面目になって楽しそうに仕事をしている姿を見て、本当にうれしかったのです。
ただしやはり変わらなかったのは、フランクやラフというものを通り越して、お客さまとお話することでした。しかし断言できるのは、彼のその話し口調で気を悪くされた方は
一人もいなかったことです。むしろ、彼のそういったキャラクターが好まれ、そしてその仕事ぶりに信頼を寄せていただいていたと、わたしは確信しています。あとにもさきにもそんなことができるのは彼だけだと思います。
わたしがこの月虹製作を設立すると決めたときに、こんな自分に誰がついてきてくれるのかと少なからず不安な気持ちを持っていました。思うようにいかず、いらだち、声を荒らげた自分に、彼はついてきてくれるのか。シンプルな「くるの?」という問いに彼は、「ついていきます」と即答しました。思えばこの時から、遅かれ早かれ、自分をいまとは全く違う世界に身を置くという目標を持っていたのでしょう。彼はその目標のスタートラインに立つ前に、お客様への説明に奔走し、一緒に働く仲間たちを支え、いち従業員という立場を超えて、わたしの部下として、そして友人として、月虹製作の社員になってくれました。
それが、わたしが出会った、ナカニシトオルという男の仕事です。
退職意志を告げられた時に、「安形さんは32歳で札幌に来ました。僕もここで人生を変えるチャンスだと思っています」という気持ちを伝えられました。ただそれは嘘だと思います。彼にとって年齢は関係なく、ただ時期が来たのだとわたしは考えます。一緒に仕事をしてきた4年間。彼にとってそれは、いまそこへ行くための4年間であったと、そうわたしは考えたいのです。でも、もし本当に、わたしのこれまでの人生や生き方が、彼にほんの少しでも影響を与えたのであれば、それはわたしのこれからの人生にとって本当にほんとうに大切なこととしたいと思います。
最後に、日本を離れ活躍するであろう彼に、友人として
また、一緒に釣りにいくことができたら楽しいね
その時がくるのを待っています。
身体に気をつけて、たまには連絡してください。
中西くんに出会えてほんとうによかったです。
ありがとう がんばれ!!
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